ギルカタールの知られざる(知られたくもない)事情
泣く子も黙るギルカタールの現国王であらせられるロベルト=クロムウェル陛下は、本日もだらだらしていた。
そのだらだらぷりったるや。
熱愛する王妃アイリーンのひざまくらで、赤い豪華なふかふかの絨毯にご機嫌で寝そべっている。
手には国家重要機密書類の束。そして場所は謁見室。間違っても寝そべって良い場所ではない。
もちろんいかに非常識国家ギルカタールの非常識な国王といえど、こんなだらけた仕事現場がただでまかりとおるはずもない。他国どころか自国民にすら、語りたくないすったもんだがあったのだ。
そもそもロベルトは、着任早々よりにもよって海千山千鵜の目鷹の目の重臣連中勢揃いの議会の席で、
「俺、王妃と一緒でなきゃ仕事しません〜。」
とのたまったのである。
重臣たちは呆れるやら嫌味をいうやら、とにかくここぞとばかりにもっともらしい非難が轟々と吹き荒れた。
「え〜、でも王妃様がいないとなあ…俺ひとりだったら案件なんか、マジでダイスで決めちゃいますよ?」
王冠が頭に載っかっていても、ロベルトはロベルトだ。飄々として、ぬけぬけとそんなことを言い放つ。
はっきりいって軽率なただの若造にしか見えない。重臣たちがそろって侮ったとしても誰も責められないだろう。
ロベルトが国政にも権力にも国民にもまったく興味がないことを、いやというほど熟知しているアイリーンだけが青ざめていた。こいつは放っておくと、本当に、本気で、マジで、仕事をしないと理解できてしまう自分がかなり嫌だ。ついでにロベルトが既に自分のカードを切り、挑発して重臣たちを「場」に誘い出したことも察せられたが、それは不問にした。気づかず引っかかるようなら、引っかかる方が悪いのだ。
案の定、手もなく捻れると舐めてかかった重臣たちは、こぞってロベルトの足下をすくいにきた。
曰く「国王はあなたなのですから、これくらいの決済事項が個人の裁量で捌けないようではとてもとても」。
とわざわざ大変に複雑な懸案ばかりをコレクションしてきた。嫌がらせのつもりなのだろう。
ところが、年若い国王は「ふんふん…」と一応目を通すと、本当にすべてダイスを振って裁可してしまったのだ。
つまりテキトーに決めてしまった。
しかもその決定事項は、止める間もなくすべて実行に移されてしまった。
すなわち国家のかなり面倒な懸案事項はテキトーに実行されてしまったのである。
さらに手がつけられないことに、どんな珍妙な命令もロベルトは実行してしまう。その実行力はさすが若くしてこのギルカタールでのし上がってきたというべきか。ロベルトの裏の人脈の広さも手伝って、周到かつ突飛なうえ気まぐれで重臣たちには止めようがないのである。
「テキトーに政令を施行するのって、けっこうスリルありますよねぇ〜」
ロベルトは非常に楽しそうだ。
重臣は悲鳴を上げた。
並み居るギルカタールの重臣に悲鳴を上げさせるとは、さすがは国王陛下である。
「俺は別に何もおかしなことはしてないぜ?決めろっていうから、決めてやって、すみやかに実行しただけだし?文句いわれる筋合いはないよなぁ?」
疑問形だが、脅しである。
口元は笑みの形に吊り上がっているが、目が笑っていない。
じゅうぶんおかしい。
間違いなくおかしなことをやっているのだが、突っ込めば反逆罪が待っている。そんな笑顔だ。
かといってもちろんギルカタールの重臣ともあろうものが、黙って従っている訳はない。裏で国王暗殺者もわんさかやってきた。
しかし、ロベルトもひとかどの有力者として名の通っていた男だ。簡単に刺客に殺されてくれるような可愛いタマではない。
その上、ほんのしばらくすると、どの暗殺者ギルドも国王暗殺を受けてくれなくなってしまった。噂によると、暗殺を請け負ったあるギルドが、ギルドごとかのカーティス=ナイルに根こそぎにされてしまったというのだ。そんなリスクはごめんだというのである。
なぜ、カーティス=ナイルが…と、重臣たちもさすがに唸ってしまった。
単に、「少々気に入っているアイリーン王妃がもし巻き込まれでもして、気に入らない人間に殺されてしまっては気分が悪いです」というただのカーティスのわがままだったのだが、傍目には国王側に稀代の暗殺者がついたようにみえるだろう。もちろんカーティスのことだ。自分が言い出したくせに仕事料はちゃっかりしっかりロベルトにいただいているのではあるが。
ここへきてようやく重臣たちは、ロベルトがいかに危険か理解した。(遅いが。)
見た目通りの男ではない。
暗殺もできない。
しかも国王の仕事は依然暴走したままだ。
もはや止められるのは、王妃しかいなかった。
「ロベルト」
「はいはい、なんです?アイリーン」
声をかけると、ロベルトはいそいそと近寄ってきた。
「…ちょっと、やりすぎじゃない?」
「え〜〜、俺まだ誰も殺してないっすよ。これでも気を使ってるんですよ?アイリーンだって黙認してくれてたじゃないっすか」
同罪でしょ、とにやりと笑う。
確かに見て見ぬ振りはしていたのだが。おかげで国の上から下までかなりすごいことになっている。
「…議会が日増しにお通夜のようになっていくわね」
「みんな忙しくて大変そうですよねぇ、はははっ」
「あんたのせいでしょ。」
軽く笑い飛ばすロベルトに思わず突っ込む。
ロベルトが大事な書類を好き放題に認可するので、それに伴う仕事が増えて増えて、重臣たちは軒並み睡眠不足でやつれていた。議会はほとんどゾンビの集会だ。生気がまるでない。
「違います。俺はちゃんと最初にあんたと一緒の方がいいっていいましたよ。それを聞かなかったのはあいつらだ。だから、あいつらのせいです。」
ロベルトはアイリーンにべたべたと触りながら、自らの正当性を主張した。
溜息が漏れる。こんな男を敵に回した重臣連中は確かに愚かだろう。国が乱れて困るのは重臣たちの方で、ロベルトではない。ロベルトは国がどうなろうといっこうにかまわないのだ。どちらに負担がかかるか、わかりきっている。
それに、ロベルトは確かに好き勝手に采配を振るっていたが、国が潰れない程度の微妙なさじ加減はまさに絶妙だった。ロベルトがギャンブルで見せる芸術的なイカサマを思わせる。
それにしてもこれ以上放置しておくと、本当に暴動でも起きそうだった。国内に火の手が上がるのは、ロベルトはどうでもいいと思っていてもアイリーンは嫌だ。
アイリーンがそう思っていることをロベルトはちゃんと知っている。
黙ってしまったアイリーンを抱き寄せて額をくっつけ、なだめるように優しく髪を梳く。
「…大丈夫です、もうやめますよ。あんたを悲しませたい訳じゃない。
あんたとずっと一緒に仕事をしたいといっても、今度はさすがに誰も止めないでしょう」
そうささやいて、確信犯は悪党らしい笑みを浮かべた。
スリル狂のギャンプラー、病的なまでの賭けマニア、ロベルト=クロムウェル。
強運と実力と、努力と才能と、本人曰く「俺の女神との純愛」でのしあがり、現在、ギルカタールの国王陛下。
こうしてロベルト陛下は、愛しい妻と日がな一日べったりだらだらしながら仕事をする権利を勝ち取ったのであった。
さんざん乱した国政が元に戻るのにその後たっぷり半年かかり、その件についてライルの嫌味は一生続いたのであるが、それはまた別の話である。
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